✒️「半信半疑のまま生き続ける人生に、終止符を」

📝はじめに…

こんにちは!
鹿児島カフェ会☕️管理人のオヤマです。

今日は、
ずっと自分の内側で起きていた“内戦”の話を書いてみようと思います。

表では自己実現・自己超越に向けて動いているのに、
裏ではずっと争っていた、あの感覚について。

いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます😊


【今、思う。】vol.36
「半信半疑のまま生き続ける人生に、終止符を」

今、思う。

これまでの自分の内側は、
ずっと“内戦状態”だった。

思考が特攻隊長として最前線に立ち、
体感覚や感情、身体は置き去りにするのが基本パターン。

焦りと恐怖を燃料にして、
無理やり団結させる。

“背伸びした目標の未達”という名のナイフを喉元に突きつけ、
「ほら、動け」と背水の陣を敷く。

僕にとって
頼もしい軍師のような存在でもある
メンターさんの力を借りて、
内側の仲違いを鎮まる。

でも、時間が経つと
最後の最後に燃焼しきれない
不完全燃焼の感覚が残る。

多くの人はそれを
「違和感」という言葉で片付けると思う。

、、、多くの人というよりも
僕がそうだった。

それでも世界は動き続けるから、
忙しさや優先順位の高いタスク作業によって
いつの間にかフェードアウトしていく

、、、でも、
その代償は大きかった。

焦り,恐怖,忙しさから
一時的な正当化をしてまとめる。

・ときには期限
・ときには被害妄想
・ときには強迫観念

それがパターンになると
・恐怖を使わないと動けない。
・焦りがないと本気になれない。
・どこかで自分を疑いながら、進む。

そんな状態でも
メンターさんをはじめとした
僕の周りにいる方々のサポートは的確で、成果は出る。

もちろん
カフェ会☕️も順調で、
ずっと右肩上がり。

僕がメインで提供している
対話型の成功分析や
トライマスタープログラムに真剣に取り組む
クライアントさんから喜びの声を
毎回のように得ている。

家族との時間も円満で
笑顔とリラックスできる空間があり、
身の丈の合った理想に近い日々を積み重ねている。

、、、なのに、
どこか自分のやっていることに
半信半疑のまま、生きている。

、、、そして内側では、
隠れた内戦が続いている。

思考構造的な自己否定があり、
無自覚に自己信頼がすり減っていく。

それが、当たり前だった。

、、、でも今回、
はじめて違う選択をした。

内からくる罵声を
受け入れるだけではなく、
不完全燃焼になっていた違和感も
勇気を出して配置した。

焦りも、恐怖も、違和感も、
全部に役割を与えた。

戦争をやめて、
円卓会議にした。

そんな過去の強烈な
トラウマレベルの言葉たち

「ほれみろ」
「言い訳無用」
「だーから、言ったべや」

という事実ベースの
外側の言葉を扱うよりも、

自分の内側の言葉たち
一つひとつと向き合うほうが、
体感で12倍キツかった。

、、、逃げたくなるほど、キツかった。

でもその分、
無視してきた内側の応援団の声を
“味方”にできた感覚がある。

《それが、何よりの変化だった。》

これまで、
新しい挑戦に向かうとき

・猜疑心
・自己不信
・無力感

それらが心の半分以上を占めていた。

今は違う。
そしてまだ完璧ではない。

でも、
「自分の選択に責任と誇りを持てる」
そんな感覚が、静かにある。

・焦りが出てもいい。
・違和感が出てもいい。
そのたびに会議を開く。

誰かを黙らせて進むのではなく、
全員の意見を聞いて決める。

戦争ではなく、円卓会議。
排除ではなく、統合。

、、、だからこそ、
目の前の世界が変化する。

・自信がない。
・どうせ自分なんて、と思ってしまう。
・うまくいく気がしない。
・本気を出して失敗するのが怖い。
・本当は変わりたい……けど、怖い。
・やる前から、逃げ道を残してしまう。
・期待して裏切られるくらいなら、最初から諦めておこうとする。

『半信半疑のまま生き続ける人生に終止符を打ち、自分の選択に責任と誇りを持っていく。』

疑いながら進むのではなく、
納得しながら進む人生を共に謳歌しましょう。。。


💬あとがき

もし今、
「自信がない」という言葉を
口にしている人がいるなら。

それは能力が足りないのではなく、
内側がバラバラのまま走ってきただけかもしれません。

自信は“積み上げるもの”というより、
“内側が一致している状態”なのかもしれない。

もし今、
「殻を破りたい」と思いながら、
もがいている人がいるなら。

殻を壊す前に、
その内側で争いが起きていないかを、少しだけ見てほしい。

戦いながら破った殻は、
また同じ殻をつくることがある。

統合しながら進むとき、
殻は自然と薄くなっていく。

もし今、
「もっとできるはず」と思っているのに、
前に進めない人がいるなら。

止まっているのは、怠けではない。

内側の誰かが、
まだ納得していないだけかもしれない。

もしかしたら——

共感だけを求めて不平や不満を、
つい誰かに撒き散らしてしまう人もいるかもしれない。

愚痴をこぼして、
吐き出して、
少しスッキリする。

そして最後に、
「なんか自分ばっかり話してごめん」と
軽く笑って締めくくる。

その一言が、
どこか“免罪符”のようになってはいないだろうか。

整理されていない怒りや悔しさや無力感を
無自覚のまま差し出してしまうとき、

目の前の人は、
知らないうちにサンドバッグの役割を背負ってしまうことがある。

社会を、環境を、家族を、
誰かを責めているようでいて、
一番ぶつけているのは——

解決策がわからず、
モヤモヤを抱えきれず、
納得できていない自分自身かもしれない。

内側が内戦状態のままだと、
外側に敵をつくりやすくなる。

そして、
そんな状態でも話を聞いてくれる人の存在を、
無意識に“当たり前”として扱ってしまうこともある。

でも——

適切な円卓会議が開かれるようになると、

「本当は、何が悔しかったのか」
「本当は、どこで自分を裏切っていたのか」
「本当は、何を怖がっていたのか」

そこに目が向く。

愚痴を言うことが悪いわけじゃない。
でも、どこか後味の悪さが残ることもある。

ただ、
外にぶつけ続ける限り、
内側の戦争は終わらない。

もし今、
誰かを責める言葉が増えているなら。

それは弱さではない。

「そろそろ内側を整えたい」という
サインかもしれない。

別な言葉で表現するならば、
過去の正解の型が今の正解に合わなくなっているサイン。

だから、
無理に引っ張らなくていい。

まずは、
テーブルの上に置いてあげてほしい。

半信半疑のまま走り続ける人生は、
とても消耗する。

でも、
納得しながら進む人生は、
静かで、強い。

何よりも、
どっしりとした安心感がある。

この文章が、
無自覚な内戦を続けている誰かの中に、
小さな円卓をつくるキッカケになったら嬉しいです。

また、次の「今、思う。」で。

【今、思う。】vol.36
「半信半疑のまま生き続ける人生に、終止符を」

☕️おわりに…

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

もし今回のブログを通して、管理人・オヤマの視点に少しでも興味を持っていただけたなら、
ぜひ鹿児島カフェ会☕️で、直接お話しできる機会があれば嬉しいです。

あなたの“今、思うこと”も、よければ教えてくださいね✨



いつもこちらのブログを
読んでいただきありがとうございます。

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