✒️「生き切るという選択」

📝はじめに…

こんにちは!
鹿児島カフェ会☕️管理人のオヤマです。

ここ数ヶ月、
「言葉を整理すること」
「余白を取り戻すこと」
そんなテーマで、自分自身と向き合う時間を重ねてきました。

今日はその延長線上で、
最近いちばん腑に落ちている感覚について、
今の正直な気持ちを書いてみようと思います。

いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます😊


【今、思う。】vol.31
「生き切るという選択」

今、思う。

いつの間にか、
「動き続ける=価値の担保」
そんな前提を、強く握っていたなと感じている。

・止まったら価値が下がる。
・考えていたら遅れる。
・休んだら、置いていかれる。

だから、
動いている自分でいようとした。
進んでいる“感じ”を、必死に保とうとした。

、、、、、

ここまで読んで、
少し胸がザワっとした人もいるかもしれません。

もしかしたら、
あなたもどこかで
同じ前提を握ってきたのではないでしょうか。

『止まったら、何かを失いそうな感覚。』
『動いていない自分は、価値がない気がする感じ。』

、、、
『あなたもそんな感覚を味わうことありますか?』

最近、内面の整理をしていく中で
それって本当に価値だったんだろうか、
と立ち止まる瞬間が増えてきました。

動いているかどうかよりも、

・自分がコントロールできる範囲をやり切れたか
・コントロールできない範囲を、ちゃんと受け入れられているか

この区別ができている日は、
不思議と不満が残らない。

成果が出た日じゃなくても、
前に進んだ実感がなくても、
「今日は生き切ったな」と思える。

逆に、
動いていたはずなのに、
やたら疲れていたり、
なぜか満たされなかったりする日は、

だいたい、
コントロールできないところまで
自分の責任にしていた日だった。

相手の反応。
結果が出るタイミング。
評価や期待。

そこまで背負って、
「ちゃんとやってる自分」を
維持しようとしていた。

ここで、
少し立ち止まって問いを置いてみます。

それって、本当に
あなたが背負う必要のある責任でしょうか。

頑張っているようで、
実は自分を信頼していない状態。
当時の自分は、そこにいた気がします。

今、思う。

生き切った1日って、
成果が出た日じゃない。

自分がコントロールできることをやり切って、
できないことを、ちゃんと手放せた日。

その積み重ねが、
結果的に、前に進ませてくれる。

vol.29で言葉を整理し、
vol.30で余白を取り戻し、
今ようやく、

「どう動くか」よりも、
「どう生きるか」に
視点が移ってきた感覚がある。

・動き続けなくてもいい。
・証明し続けなくてもいい。

今日という1日を、
ちゃんと生き切れたか。

今は、
それだけでいいと思っている。


💬あとがき

もしあなたが今、
・成果を出そうとしているのに、どこか消耗している
・ちゃんと動いているはずなのに、満たされない
・止まることに、強い不安を感じている

そんな状態にいるなら、
もしかすると必要なのは、
動き方の修正ではなく、
責任の置きどころの整理かもしれません。

・コントロールできることを、丁寧にやる。
・できないことは、勇気をもって手放す。

その姿勢は、
甘えでも、妥協でもなく、
むしろ長く進むための成熟した選択だと、今は感じています。

成果は、
無理に追いかけた先ではなく、
生き切った日の積み重ねの先に、
あとからついてくる。

そんな進み方も、
「前進」だと僕は思っています。

【今、思う。】vol.31
「生き切るという選択」

☕️おわりに…

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

もし今回のブログを通して、管理人・オヤマの視点に少しでも興味を持っていただけたなら、
ぜひ鹿児島カフェ会☕️で、直接お話しできる機会があれば嬉しいです。

あなたの“今、思うこと”も、よければ教えてくださいね✨



いつもこちらのブログを
読んでいただきありがとうございます。

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