📝はじめに…
こんにちは!
鹿児島カフェ会☕️管理人のオヤマです。
この1ヶ月を振り返ってみて、
少し不思議な感覚があります。
成果を追いかけていたわけでもなく、
誰かに評価されるために動いていたわけでもない。
それでも確かに、
自分の中で「何かが変わった」と言える時間でした。
今日は、そんな1ヶ月を通して
今、感じていることを
赤裸々に綴ってみようと思います。
いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます😊
【今、思う。】vol.30
「余白から始まる成長」
おそらく数年ぶりに、
100%自主性だけを動機にした時間を、
1ヶ月過ごしてみた。
これまでの自己啓発や自己理解は、
・決められたプログラム
・決められた日程
・何かにぶつかってからの駆け込み
そんな形ばかりだった。
「自分のペースで、着実に進む」
頭では大事だと分かっていても、
実際にやろうとすると、とてつもなく怖かった。
正直に言えば、
自己研鑽を深める“だけ”で
自己ベストが更新される世界線なんて、
どこか夢物語だと思っていた。
2026年に、自分自身に課したテーマは
「自己研鑽を最優先事項にして、自己ベストを更新する」。
今すぐ成果を出したい自分にとって、
理解されたくない感情が、たくさんあった。
過去の痛みも、
無駄だったかもしれない時間も、
自分を信じきれない感覚も、
すべて抱えたまま、走り続けていた。
感じたくない感情は否認して、
悲しさも、寂しさも、見ないようにして、
その代わり、身体と心はずっと限界を知らせていた。
それすら、
「甘え」だと思っていた。
⸻
違和感を言語化したり、
構造からの理解を深めることを通して、
一番大きく変わったのは、
余白が生まれたことだと思う。
これまでの自分にとって、
・休むこと
・頼ること
・整えること
それらはすべて「危険」だった。
余白ができるたびに、
無価値感や自責が立ち上がり、
過去の成功体験という名の
“金棒”を振り回す
“鬼”のような自分が現れる。
『止まるな。』
『動け。』
『成果を出せ。』
ネガティブな感情に溺れた鬼が、
金棒を振り、
心と身体を脅し続ける。
それは、生きづらさの根源でもあり、
同時に、当時の自分を守ってくれていた
正解でもあった。
⸻
でも、今は分かる。
その鬼と金棒は、
余白を大事にしようとした瞬間に、
必ず現れていたのだ。
・余白=失敗
・止まる=ダメ
・整える=甘え
そんな前提のもとで、
必死に余白を潰しながら生きていた。
今は、その構造が見える。
立ち直る前に、
まず「構造」が見えるようになった。
「何もしていない」
「価値がない」
「できない」
そんな
無価値感に塗れた声が、
“一つの声として”
認識できるようになった。
だから、
反射で避けず、
観察し、味わい、
次の一歩を選び直せる。
⸻
自分の中にある大切な核を
言語化して気づいたのは、
これまでの自己理解が
「責められないための理解」だったということ。
でも、今は違う。
・理解を起点に生きること
・構造として捉えること
・余白をつくり、自分に誠実であること
それは、
弱くなることでも、
止まることでも、
逃げることでもなかった。
ちゃんと進むための、
立派な土台づくりだった。
💬あとがき
もし今、あなたが
・何かに挑戦している最中なのに、足元が不安定に感じる
・自分ではどうしようもない心の課題に、うすうす気づいている
・常に何かに追われている感覚が、抜けなくなっている
そんな状態にいるなら——
それは、意志が弱いからでも、努力が足りないからでもありません。
土台を整えるタイミングに来ているだけかもしれません。
前に進むことと、整えることは、
本来は対立するものではありません。
むしろ、
整えながら進める人の方が、
長く、深く、遠くへ行ける。
もし一人で抱えるには少し重たい感覚があれば、
一緒に、土台づくりから始めてもいい。
焦らなくていい。
華麗じゃなくていい。
余白を持ちながら、進んでいい。
そんな進み方も、ちゃんと“成長”です。

「余白から始まる成長」
☕️おわりに…
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
もし今回のブログを通して、管理人・オヤマの視点に少しでも興味を持っていただけたなら、
ぜひ鹿児島カフェ会☕️で、直接お話しできる機会があれば嬉しいです。
あなたの“今、思うこと”も、よければ教えてくださいね✨

いつもこちらのブログを
読んでいただきありがとうございます。